韓国語で本を読む

韓国語で本を読む

韓国小説や韓国語学習書籍を紹介するブログです。

「未来」(湊かなえ)鬱々とした物語に込められた著者の切実な想い

 

 

当ブログは韓国語で読んだ本や韓国にまつわる本の感想を上げるために作ったものでしたが、日本語で読んだ本も記録していきたいと思い、日本の作品もカテゴリーに追加することにしました。

 

一冊目は湊かなえさんの「未来」です。

湊かなえさんの作品は韓国でも人気があるようで、RIDIBOOKSのランキングやinstagramの韓国人読書アカウントでもよく見かけます。

 

 

〜ネタバレあり〜

 

 

 

主人公は10歳の女の子・章子。

 

物語は章子の視点で語られます。

 

大好きなパパとママと3人で幸せに暮らしていた章子。

けれどある日、彼女の人生に大きな試練がやってきます。

 

最愛のパパの死です。

 

落ち込む章子。

愛する家族の死に、それも小学校4年生にして直面してしまったら、誰でも落ち込みますよね。

 

そんなある日、章子のもとに一通の手紙が届きます。

その手紙の差出人は、なんと未来の自分でした。

 

手紙には、パパの死に落ち込む章子を励ます言葉と、今を乗り切れば素敵な未来が待っていることが書かれていました。

 

章子はその手紙が本当に未来の自分からのものだと信じ、未来の自分が示唆する明るい未来に向け、前向きに生きていくことを決意します。

 

ここからは、未来の章子へ向けた手紙の返事という形で、それからの章子の様子が綴られていきます。

もちろん、未来の自分に手紙を届ける方法なんて章子にわかるはずもなく、手紙は投函されることなく大事に保管されていくのですが。

 

この時点では、読者側も未来の手紙が本当に実在するもの、つまりこの小説がファンタジー的要素も含んでいるのか、それとも誰かが未来の章子のふりをして送ったものなのかは判断がつきません。

 

私は「未来からの手紙は本物」と仮定して読み進めていきました。

 

そして、ここから徐々に章子のママがどういった人物なのかが明らかになっていきます。

 

章子のママは美しい女性でしたが、過去に経験したある出来事が原因で、心に病を抱えていました。

 

そのためか、章子のママは頻繁に人形のようなもぬけの殻になってしまうときがあるのです。

 

1日家の中でボーッとしていて、1人では外に出ることもできないママを健気に支える小学生の章子。

 

学校には、なぜか自分のことを毛嫌いする亜里沙や、いじめっ子の実里といった悩みのタネもあるものの、未来の自分からの手紙を支えに、章子は自分を励ましては毎日を懸命に生きていきます。

 

すると章子のママにも変化が生じ始めました。

家の中に閉じこもっていたママが、徐々に外の世界に目を向けはじめたのです。

 

母親としての務めを果たすために、章子の担任である熱意ある若い男性教師・林先生のサポートを受けながら努力するママ。

 

このあたりは章子の語り口も明るく、章子と一緒に未来への希望に胸を膨らませながら読んでいました。

 

けれど、林先生が美しい章子の母に女性として好意を寄せるようになったあたりから、章子の未来に再び陰りが見え始めます・・・。

 

 

 

 

ここからは読んでいて鬱々とした気分になるような、暗い展開がひたすら続きます。

ママに早坂という新しい恋人ができた場面では、また希望が見えた気がしたのですが、結局事業に失敗した早坂はよくあるろくでなし男と化し、章子に暴力を振るうようになります。

 

何よりショックだったのは、早坂からの暴力に怯え、いじめのせいで学校にも行けなくなってしまった中学生の章子が、未来からの手紙をもう信じていないと断言したことです。

 

この時点から、未来の手紙への返信だった章子の語りは、ただの日記となってしまいます。

 

まあそれまでの長く暗い展開のせいで、読んでいる私自身も未来からの手紙のことなんてすっかり忘れてしまっていたんですが。

 

結局、未来からの手紙の真実は語られることなく、章子がある決断をしたところで物語は幕を閉じます。

 

え?これで終わり?

仄めかしてきたパパとママの過去は?と拍子抜けしていたのですが、その次の章から始まるエピソードⅠ〜Ⅲで、すべての謎が明らかになります。

 

エピソードⅠは章子のことを毛嫌いしていたきつい性格の女の子・亜里沙の視点から語られる物語。

エピソードⅡは、章子の小学校の担任だった篠宮先生の物語。

そしてエピソードⅢは、パパとママの過去が明らかになる、パパ視点の物語です。

 

亜里沙は実の父親の家庭内暴力に苦しんでいる女の子です。

この辺りから性的虐待のオンパレードで、読むのが辛い上に、性的虐待の被害者が新たに現れるたびに「またかい」と辟易してしまった感もあります。

 

未来からの手紙の真相も、実にあっけないものでした。

 

ただ、未来からの手紙が存在しないことは、物語の途中で主人公の章子が断言してしまっているし、性的虐待描写が多いことも、それだけ日本では性的虐待に苦しむ人がいるという著者からのメッセージなのだと思って納得できました。

 

ですが一つだけ腑に落ちないのは、亜里沙の先輩である智恵理ちゃんの二重人格設定。

可愛らしいお嬢様風の見た目で、関西に住んだ経験もないと思われる智絵里ちゃんが、突然おっさんの人格になり、流暢な関西弁でしゃべり出すっていうのはかなり無理があるのでは、と、一気に現実に引き戻されてしまいました。

智絵里ちゃんが起こした事件についても、二重人格設定がなくても通る内容だったし・・・。

 

 

 

 

 

◆森本や亜里沙の弟と、章子たちとの決定的な違いと「ドリームランド」

 

家庭内暴力に苦しむ子どもたちが大量に登場する本作品ですが、その子どもたちの辿る道は、あることに気がつけたかどうかで大きく変わっています。

 

それは「誰かに助けを求められたか」です。

 

父親の庇護下から抜け出すことを恐れ、自分の妹が父親に性的暴行を受けていることを誰にも相談できなかった森本。

 

実の父に売られ、売春行為をさせられている苦しみを1人で抱えていた亜里沙の弟。

 

結果、この2人は自殺という道を選択せざるを得なくなってしまいます。

 

一方、性的被害を受けたことを恋人である原田くんに告白し、もっと早く誰かに相談するべきだったということに気がつけた篠宮先生は、今もなお完全に抜け出せたわけではないものの、あるところへ辿り着くことに成功しています。

 

そのあるところとは「ドリームランド」です。

 

物語の重要なキーワードとして何度も登場する夢の国ドリームランド。

けれど、森本も、亜里沙の弟も、結局ドリームランドに行くことはできませんでした。

 

けれど篠宮先生は、大人になってから原田くんと一緒にドリームランドを訪れ、それどころか併設のホテルで原田くんからプロポーズを受けることを予期させる描写までありました。

 

プロポーズは未来への希望の象徴のようなイベントですよね。

 

著者はこの物語、引いては篠宮先生を通して、虐待に苦しむ子どもたちに、一人で抱え込まないでほしい、誰でもいいから相談できる相手を見つけてほしい、と訴えているのではないかと思いました。

 

読み終えたとき、正直、これから章子たちを待つ未来が希望あふれるものだとは思えませんでした。

 

けれど、最後の最後で章子と亜里沙は誰かに救いを求めることを決意しています。

 

篠宮先生が、著者が、手紙に込めた願いが2人に届いたのだと信じたいです。