「かくしごと」(住野よる)『特別な能力』と『かくしごと』を持つ、高校生5人の青春
前回の「青くて痛くて脆い」に続き、今回は住野よるさんのです。
高校のクラスメイト5人の男女を主人公にしたオムニバス形式の作品です。
主人公たちは一見、どこにでもいそうな仲良し5人組なんですが、それぞれがある能力とかくしごとを持っているというのが本作のポイント。
第1章 京くん
内気な京くんの持つ能力は「相手の感情が「!」や「?」などの記号で目に見えること」。
そして京くんのかくしごとは、クラスメイトの「三木さん(通称ミッキー)」に密かに片思いをしていることです。
ある日、ミッキーのシャンプーの匂いが変わったことに気がついた、なかなかに気持ちの悪い鋭さを持つ京くん(笑)
京くんはミッキーに彼氏ができたのだと邪推してしまいます。
恋愛経験皆無という風な京くんですが、そこは思春期の男子高校生らしい発想ですね。
シャンプーが変わったその日から、なぜかミッキーは京くんの親友である「ヅカ」に毎日話しかけに来るようになります。
それを見た京くんは、ミッキーがヅカのことが好きなのかもしれないと思い、気が気じゃありません。
でもそこにはある「かくしごと」があって・・・。
というあらすじです。
ミッキーがシャンプーを変えた理由や、クラスメイトの宮里さんが学校に来なくなった理由など、謎やミスリードが散りばめられたお話ですが、どの謎の真相も大したことじゃないところがほっこりできる章です。
第2章 ミッキー
第2章の主人公は、京くんが片想いをしている三木さん(通称ミッキー)です。
ミッキーの能力は「人の感情のプラスマイナスがバーのように傾く様子が見えること」。
ヒーローになりたいと願うミッキーは、誰かのバーがプラスに動くことを心の底から喜ぶ、そんな女の子です。
そんなミッキーの「かくしごと」は、進路に悩んでいること。
第1章のミスリードにまんまと騙され、しかもその真相に気がつかないまま読み進めていた私は、頭上に「?」を浮かべながら読んでいました。
第3章 パラ
パッパラパーの「パラ」というあだ名で呼ばれる女の子が、第3章の主人公です。
いつも何を考えているか分からず、突拍子もない言動ばかりするパラ。
彼女の能力は「人の鼓動のリズムが数字になって見えること」。
そんな能力を持っているからなのか、そもそもの気質なのか、観察眼が鋭く、どこか達観した印象を受けるパラ。
けれど特別な能力を持っていても、他人の感情が正確に分かるわけじゃない。
むしろ下手に能力があるせいで、振り回されてばかりの自分に嫌気が差しているパラ。
パラの悩みはすごく理解できました。
世の中みんながみんな、自分の感情の波に正直に生きているわけじゃないですから。
鼓動のリズムが狂うようなことがあっても、大体の人間はそれを上手に隠して生きている。
感情と矛盾した行動を取る人たち。
四六時中そんなのを見ていたら、頭がおかしくなりそうです。
だからパラは、自分の感情に正直なミッキーや、自身を取り繕うのが下手な京くんに好意を寄せています。
反対に、感情の波がない(パラ曰く「彼の内面は、冷たく濁っている」)ヅカのことをパラは嫌っています。
そんなパラが能力に振り回され、その結果ヅカのことを少し好きになるお話です。
第4章 ヅカ
パラから皮肉まじりに「王子様」と呼ばれる爽やかイケメンボーイ「ヅカ」の能力は「人の喜怒哀楽がトランプのマークとして目に見えること」。
『喜』はスペード
『怒』はダイヤ
『哀』はクラブ
『楽』はハート
と、こんな感じです。
また、その感情の大小も、現れるマークの大きさで目に見えるようです。
実はここまで、私は主人公たちのこの能力は「実際に特殊能力があるのではなく、ただ5人が他人の感情に敏感なだけ」なのだと思っていました。
誰しも、曜日や数字に対して色のイメージってありませんか?
月曜日はオレンジ、火曜日は緑や赤、水曜日は水色、といったように。
また、人の感情に鋭い人もいれば鈍い人もいるし、他人のことはよく気が付くのに自分のことには無頓着、という人もいます。
5人はみんな他人の感情に敏感なタイプの人間で、ただその能力の見え方が5人それぞれ異なっているだけなのだと思っていたんです。
けれどこの第4章で、ヅカが『位置と大きさくらいなら建物全域での判別ができる』と言っていたので、その推理はあっさり破られました。
いくら人の気持ちに敏感でも、見ず知らずの生徒の感情まで分かるのはおかしいですから。
ヅカの「かくしごと」は、クラスメイトの「エル」のことが気になるけれど、その感情の正体がいまいち分からないことです。
読者からすれば「それどう見ても恋心やで」という感じなのですが、人の感情の種類が分かるヅカだけに、自分の感情の種類がよく分からないという、ある意味パラと同じタイプの悩みを抱えてしまっています。
一見上手に生きていそうなパラやヅカの方が、実は自分の能力に振り回されているというのも皮肉ですね。
第5章 エル
大人しくて心優しい女の子「エル」の能力は「人の恋心が矢印として見えること」です。
あまり役に立たなそうな能力ですが、割り切ってしまえばめちゃくちゃ楽しそうな能力ですよね。
ただ学生時代は良いかもしれませんが、社会人になるといらないことまで知ってしまいそうな能力ではあります(笑)
自分に自信がないせいで、一時は不登校になってしまったものの、ミッキーのおかげで再び学校に来られるようになったエル。
そんなエルが、自分の能力を活かしてミッキーの恋愛を成就させようと奮闘するのが第5章のストーリーです。
この事件?をきっかけに、少しだけ自分に自信が持てるようになったエルですが、自分自身に向けられた矢印は最後まで見えていない様子でした。
◆盛り上がりのなさが「高校生の日常らしい」作品
オムニバス形式、ということもあって、あまり盛り上がらないまま終わってしまいました。
でも、高校生の日常なんてそんなものですよね。
悩みといえば、人間関係と恋愛と勉強くらい。
人の気持ちが分かる特殊能力があれば、少なくとも人間関係と恋愛では悩まなくて済むのに、と考えたことがある人もきっといるはず。
でも本作を読んで分かるのは「特別な能力があったって、人の感情は分からない」ということ。
それどころか、主人公5人は能力のせいで余計な悩みまで抱えてしまっています。
なら能力なんてない方がいいのかもしれません。
◆文章の読みにくさとキャラ立ち
正直、今まで読んだ住野よる作品で本作が一番読みにくかったです。
そもそも住野作品の会話劇を多用する作風があまり得意ではない上に、今回は登場人物が5人と多いせいで「誰がしゃべっているのか分からない」状態になってしまいました。
5人のしゃべり口調に差がないことも、理由の一つだと思います。
また、会話の中に「あ、でも、」や「ええと、」のようなクッション言葉が大量に挟まれるのが気になって仕方なかったです。
高校生らしい口調と言えばそれまでなのですが、ライトノベルに近い気持ちで読める作品だと思うので、その分リズム良く読ませてほしかったです。