韓国語で本を読む

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韓国小説や韓国語学習書籍を紹介するブログです。

「BUTTER」(柚木麻子)連続不審死事件をきっかけに、現代の女性を取り巻く不平等について問う

 

 

 

今回は柚木麻子さんの「BUTTER」です。

 

実は今まで、柚木麻子さんの作品を読んだことがありませんでした。

 

同じく柚木麻子さんが書かれた「ランチのアッコちゃん」は、よくAmazonのおすすめ本にも上がってくるので「いつか読みたい作者」の1人でもありました。

 

「ランチのアッコちゃん」は、かわいらしい表紙からも読みやすく爽快な読後感を得られそうな作品だと勝手に予想していて、同じくこの「BUTTER」も、美味しそうなタイトルからそれに近いものだと思い込んで読み始めました。

 

結果、私の予想は大きく外れ、読後にはバターを大量摂取したような、もったりとした感覚が残る作品でした。

 

 

 

◆「BUTTER」あらすじ

 

主人公は週刊誌の女性記者・町田里佳(33歳)。

社内初の女性デスクを目指す彼女は、以前世間を騒がせた首都圏連続不審死事件の被告人・梶井真奈子(通称カジマナ)への独占インタビューを狙います。

 

婚活サイトを通して知り合った男性から金を奪い、3人の男性を殺した罪に問われているカジマナ。

美食三昧な毎日を綴った彼女のブログは、事件当時とても話題になりました。

 

そして何より世間が注目したのは、そのカジマナがさして若くも、美しくもないことでした。

 

里佳は、親友・玲子の助言もあり、なんとかカジマナとの面会に成功します。

 

「嫌いなものはフェミニストとマーガリン」だと断言するカジマナは、里佳にあることを要求します。

それは「バター醤油ご飯を作って食べること」でした。

 

里佳はなんとかしてカジマナの信頼を得ようと、彼女の言う通りにバター醤油ご飯を作って食べてみます。

それまで仕事に追われ、体型をキープできればなんでもいい、というような食生活をしてきた里佳でしたが、そのバター醤油ご飯を食べた途端、彼女の中で何かが変わります。

 

早速、バター醤油ご飯を食べた感想を手紙にまとめ、カジマナに送った里佳。

里佳を気に入った様子のカジマナは、彼女に次々と自身の美食について教え込むようになります。

当初は仕事のためにカジマナの指示通り動いていた里佳でしたが、里佳は自分でも気づかないうちに、カジマナのペースに取り込まれていき・・・。

 

 

 

 

◆殺人事件はあくまで前菜。メインディッシュは別にある。

 

ミステリーやサスペンスが大好きな私ですが、これらのジャンルの何が好きかと言うと、トリックではなく「殺人に至るまでの動機や経緯」です。

 

コナンで言うと、「た〜たらったった〜」というお決まりのBGMが流れ、眠りの小五郎に真相を暴かれた犯人が、崩れ落ちながら殺害の動機をめちゃくちゃ手短に話すところです。

 

宮部みゆきさんのミステリー作品なんて、まさにそうですよね。

あの分厚い本のほとんどを使って、犯人の生い立ちや境遇、人間関係、そして殺人に至る経緯がたんたんと明らかになっていく感じ。大好きです。

 

「BUTTER」の序盤も、そういうタイプの作品だと思っていました。

里佳がカジマナと距離を詰めていく中で、梶井真奈子という人間について知り、なぜ殺害に至ったのかが明らかになる。

 

けれど、中盤から物語は二転三転と私の予想を裏切りました。

 

まず、里佳がカジマナにのめり込んでいく中盤では、ホラーやサスペンスものによくある「ミイラ取りがミイラになる」展開になるのかと思いました。

 

けれど里佳の異変に気づいた親友・玲子が動き始めた後半から、連続不審死事件は二の次にされ、里佳と玲子が自身を取り巻く環境や過去のトラウマと彼女たちなりに対峙する姿が描かれます。

 

そしてラストは、カジマナによって精神的に大きな傷を受けた里佳がなんとか立ち直り、玲子も悩んでいた夫婦関係の修復に向けて歩き出して終わります。

 

なんと、事件の犯人がカジマナなのかどうかは結局明かされません。

 

むしろ、途中でカジマナの本質に気がついた里佳は、急速に彼女への興味を失ってしまいます。

 

「これだけ引っ張ってお いて主人公が事件を投げ出すって物語として反則なのでは?」というのが正直な感想です(笑)

ルフィが突然「オレ、海賊王になるのやめる」って言うようなものなのでは。

 

 

◆女性への偏見や蔑視に焦点を当てた作品

 

インタビューでも語られていましたが、柚木先生が書きたかったのは、料理や家事に対する女性への偏見や蔑視だそうです。

 

確かに、作中では里佳が「男性の理想とする女性像」について考える場面がたくさん出てきます。

また、登場人物の環境や考え方も三者三様です。

 

・里佳→仕事人間で恋人はいるものの、結婚のことははっきりと考えられない女性

・玲子→能力がありながらも、妊活のために専業主婦になった女性

・カジマナ→女性は男性に敵わないことを認め、男性のサポートに徹するべきと考える女性

 

 

「日本女性は、我慢強さや努力やストイックさと同時に女らしさと柔らかさ、男性へのケアも当たり前のように要求される。その両立がどうしても出来なくて、誰もが苦しみながら努力を強いられている」

 

 

そう言って悩む里佳に対し、カジマナの考えが以下です。

 

「仕事だの自立だのにあくせくするから、満たされないし、男の人を凌駕してしまって、恋愛が遠のくの。男も女も、異性なしでは幸せになれないことをよくよく自覚するべきよ。バターをけちれば料理がまずくなるのと同じように、女らしさやサービス精神をけちれば異性との関係は貧しいものになるって」

 

そう語るカジマナは、男性に惜しみない愛情を捧げるためにも、仕事やダイエットに神経を削っている場合ではなく、食べたいものだけを好きなだけ食べるべきだと言います。

 

極論とも言えるカジマナの考え方に振り回される里佳でしたが、カジマナの考えを通して、自分なりに「女性の生き方」への結論を見出します。

 

「きっとーー。何キロ痩せても、たぶん合格点は出ないのだろう、と、里佳はとうき気付いている。どんなに美しくなっても、仕事で地位を手に入れても、仮にこれから結婚をし子供を産み育てても、この社会は女性にたやすく合格点を与えたりはしない。こうしている今も基準は上がり続け、評価はどんど尖鋭化する。この不毛なジャッジメントから自由になるためには、どんなに怖くて不安でも、誰かから笑われるのではないかと何度も後ろを振り返ってしまっても、自分で自分を認めるしかないのだ」

 

自己愛の塊のようなカジマナ。

けれど里佳は、玲子や周りの人間の支えもあり、自己愛の「適量」を見つけられたようです。

 

 

◆「家庭的な女性」に対する意見

 

好みの女性を聞かれたとき、「家庭的な女性が好き」と答える男性って、今も多いのでしょうか?

どちらかと言うと「外に出てしっかり自立して働く女性」の方が、現代男性は好む傾向にある気がします。

 

まあさらに本音の本音を探ると、「経済的にも自立していて、かつ家のことや子育てもしっかりやってくれる女性」が理想なのかもしれませんが(笑)

 

でもそれは、私が「ヒョンビンのように背が高くてかっこよくて硬派(ドラマのイメージです)な男性が理想」と言うのと同じようなものですよね。

 

里佳もまた、「家庭的な女性」について考え、意見を述べています。

 

「家庭的ってそもそもなんなんでしょうか。家庭的な味とか家庭的な女性とか。(略)これだけ家族の形が多様化している現代で、そんなのもう、なんの実体もないものです。そんな形のないイメージに振り回され、男も女もプレッシャーで苦しめられている」

 

いや、ほんとにそうですよね。

 

 

◆「モテる料理」と「家庭的な味」は対照的な存在

 

「家庭的な味」ってなんなのか、私なりに少し考えてみました。

 

私の主人は塩っ辛いものが大好きで、何にでも塩をかけたいタイプです。

 

一方私は塩っ辛いものが苦手で、ダイエット意識もあって、味付けも塩気より出汁感や野菜本来の味がする方が好みです。

なので、主人は私の薄ーい味付けに慣れるのに、今も鋭意努力中です(笑)

 

たぶん「家庭的な味」というのは、「家族の健康に気を使ったバランスの取れた味」のことを言うのだと思うんです。

 

でも、多くの人、特にお酒を飲む男性がストレートに好む味は味付けの濃い、いわゆる「外食の味」ですよね。

 

献立に悩んでいると、たまに、「肉じゃがやおでんより、焼いた肉に塩をぶっかけた方が作る側も簡単だし主人も喜ぶよなぁ」と思うことがあるんです。

 

多くの男性を虜にしたカジマナの料理ってまさに「外食の味」ですよね。

非日常感のある濃い味付け。けれど、毎日外食ばかりしていると健康に悪いように、カジマナの料理もまた、毎日食べる側の健康なんて一切考慮されていません。

 

もし私が「カジマナに学ぶモテ術」という内容で記事を書くなら、「とりあえず男性の嫌いなものは入れずに、味付けは思っているより倍の濃さで料理しましょう」と書きます(笑)

 

 

 

◆玲子の言葉

 

最後に、里佳の親友でありこの物語の第3の主人公・玲子の言葉を抜粋します。

後半、本性をさらけだした玲子。けれど彼女の言葉はいつもとても前向きで、里佳だけでなく私も励まされました。

 

以下は、太ったことを気にする里佳に、「適量が大事」なのだと言う玲子が放った言葉です。

 

「別にどれか一つで満腹にならなくてもいいし、なにもかも人並みのレベルを目指さなくてもいいのにね。自分にとっての適量をそれぞれ楽しんで、人生トータルで満足できたら、それで十分なのにね。煙草だって食後に一杯ぐらい楽しんでもいいし、ちょっと太っちゃっても周囲が騒ぐほどのことじゃないよ」

 

玲子が煙草もOK派なのは意外でした。

それまでの玲子の描かれ方は、まさに「意識高い系専業主婦」という感じだったので。

 

もう一つは、料理に対する玲子の言葉です。

 

「こんな不平等でギスギスした世の中だから、自分の暮らしや自分の周辺くらい、自分を満足させるものでかためて、バリア張って守りたいって思うじゃん。お金かけなくても、工夫したり、手間かけたりさー。それに、その時、食べたいものを、自分の手で作り出せるのは、面倒な時もあるけど、楽しいよ」

 

家事にも料理にも手を抜かない玲子ですが、それこそが彼女なりのバリアなのかもしれません。

 

夫婦問題やカジマナのせいで自分のペースを乱してしまった玲子でしたが、本来彼女は「自分で自分の機嫌を取れる人」なんでしょうね。

 

 

「自分で自分の機嫌を取れる人」って、私の理想の大人(私も数字的には良い歳をした「大人」ですが・・・)だったりします。

 

歳を重ねるにつれ、生活や将来のことで悩むことが日に日に多くなっている気がするのですが、とりあえず、バリアを張って自分で自分を守ることを忘れずにいれば、なんとかなる気がしてきました。